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新田義貞(にったよしさだ,1300-38)が公卿四条隆資(しじょうたかすけ)に,法隆寺が所有していた播磨国(現在の兵庫県南部)の所領保全と訴訟の取り計らいを依頼した書状。内容から,義貞の軍勢が足利尊氏方の赤松一族を討つため,播磨国に出陣した延元元年(1336)のものと推定されている。義貞自筆ではなく右筆(書記)が書いたものと考えられるが,義貞の出した文書として貴重なものである。法隆寺旧蔵。
(図書寮文庫)
天正10年(1582),豊臣(羽柴)秀吉が織田信長の三男信孝(のぶたか)に,本能寺の変後の動向を伝え,自身の活躍を訴えたもの。27ヶ条におよび,信長死後の織田家の相続を定めた清洲会議や,秀吉が明智光秀を破った山崎の戦いの顛末が記されている。秀吉の自筆ではなく,控えとして写したものか,後世に写し取られたものと考えられる。幕末・明治期の国学者谷森善臣の旧蔵。